現実の裁判手続を体験して感じたこと 《PartⅤ》
第十二章 建物の滅失登記について
第一節 序論
当該建物が解体された(平成21年5月15日)後の当該建物の登記は,実体を伴わない虚偽の登記であり,『無効』でありますが,いわゆる『登記の形式的確定力』(登記の形式的確定力とは,ひとたびなされた登記が存在すると,その登記が有効であるか無効であるかを問わず,その後,登記手続上は当該登記を無視して手続をすることができない効果をいいます)との関係で,『当該建物の滅失登記』をしておく必要があります。ところが,建物の滅失登記の申請は,『当該建物の表題部所有者又は所有権の登記名義人』を申請人とする『単独申請』であります。そこで,原告Aは,被告Cに当該建物の滅失登記の申請をするように求めていたわけですが,被告Cは,いつになっても建物の滅失登記の申請をしようとしません。このように,被告Cはお金のかからないことはするが,積極的にお金がかかることは絶対にやらないという姿勢をとっているものと思われました。しかし,私の兄である原告Aとしましては,今後も,当該土地を第三者に賃貸しようと考えている関係上困っておりますので,職権により,当該建物の『滅失の登記』をしていただく必要がありました。
第二節 建物収去土地明渡等請求の訴えにおける建物の滅失登記に関する法的欠陥(不備)
第一款 この種の訴訟に関して記述している書物で,『建物の滅失登記』に言及しているものは1冊もありませんでした
上述のように,建物収去土地明渡等請求の訴えの場合,最終的には,『建物の滅失登記』をしないと,この事件は本当に解決したことにはならないのです。
ところが,私がこの兄の事件に関して読んだ専門書は20冊(裁判事務手続について最も権威のある書物は民事法務研究会で発行している裁判事務手続講座全16巻です)を超えますが,この種の事件においては,『建物の滅失登記』の問題があるということすら記述している書物は1冊もありませんでした。これらの点からしますと,私は,これらの書物を執筆している弁護士,裁判官,裁判所書記官達は,このように,ある意味では典型的な事件である『建物収去土地明渡等請求の訴え』についてさえも,本当に解決したこと,あるいは本当に解決することに協力したということが全くないものと確信しました。現実に,この種の事件につき,直接関係した(当事者又は訴訟委任を受けた)者であるならば,この種の事件については,最終的には,必ず取り壊した『建物の滅失登記』をしなければならないということは,当然にわかるはずです。それにもかかわらず,この『建物の滅失登記』そのものについての説明は全くないのはもちろん,この種の事件においては,『建物の滅失登記』の問題があることの指摘すらないのは,本当に驚きました。このような内容の書物では,この種の事件が現実に発生した場合に,本格的に解決するという面からみると,ほとんど役に立たないということになります。
第二款 これらの書物に建物の滅失登記についての記述が全くない理由
それでは,この種の事件に関する法律の専門書の中に,何故,『建物の滅失登記に関する記述』が全くないのでしょうか。これは,おそらく次のような理由によるものと思われます。
第一の理由は,訴えが提起されても,約50%がいわゆる『訴訟上の和解』によって解決されている点にあると思います。すなわち,訴えが提起されても,当事者双方又は一方のために弁護士がついている場合には,大体50%が,1~2回口頭弁論を開いた後,両者が互譲することによって,訴訟上の和解という形でこの種の事件も解決してしまうわけです。したがって,一般的には,被告は,『訴訟上の和解』の内容の一つとして,①被告が任意に自己の費用をもって当該建物を壊わし,②その後,『当該建物の滅失登記の申請をするもの』とされているわけです。このような内容の和解が成立していますと,原告が何回催告しても,被告が当該建物を解体せず,あるいは解体しても『当該建物の滅失登記の申請』をしないという現象がそもそも発生せず,この建物の滅失登記の意味・重要性』が顕在化してこないからです。そのために,このようなケースでは,弁護士にとっても,当該建物の滅失登記の必要性・困難性を正確に認識できない状況にあります。
第二の理由は,弁護士といっても,何でも知っているわけではなく,知らないことがかなり多いという点にあります。こういうことを弁護士以外の者が言っても説得力がないものです。しかし,最近,4・6・8チャンネルでテレビ広告をしている法律事務所ホームロイヤーズ(現,法律事務所未来を)の所長である西田研志弁護士が,㈱幻冬舎から『サルでもできる弁護士業』というすごいタイトルの書物を発刊し,法曹界で話題になっています。その【第一章 壊れた偶像……これが弁護士の実態だ!】の中では,弁護士の本当の姿として,第一に,弁護士は仕事をしない,第二に,弁護士には仕事がない,第三に,弁護士にはお金がない,第四に,弁護士には生産性の概念がない,第五に,弁護士には常識がない,『第六に,弁護士には知識がない』,第七に,弁護士は社会正義を実現していない,とのタイトルの部分があります。そして,第六の『弁護士には知識がない』との部分で,西田研志弁護士は,大要,次のように述べています。すなわち,『弁護士は法律の専門家であるが六法全書の隅から隅まで覚えていて,あらゆる分野に精通しているというものではなく,弁護士それぞれに得意分野があるのであって,すべてにわたってくわしい人はいないのだ。それにもかかわらず,法律相談を受けると《何でも知っているようにふるまって》いい加減な答えをして,一時間~二時間,要領を得ない話しをして,ちゃっかり相談料を受け取っている弁護士も多い。』と述べています(同書4頁)。この西田研志弁護士の勇気ある発言からも推測できることですが,弁護士で裁判実務に関して執筆している多くの方々は,実体験に基づくものではなく,『ある特定の種本』を基礎としてその書物を書いているわけですが,その種本には,この種の事件について『建物の滅失登記』については一言も触れられていないので,自分の執筆した書物の中でもそのことにつき書くことができなかったということだと思います。そして,登記に関しては,司法書士及び土地家屋調査士が専門家であり,多くの弁護士は,登記に関してはほとんど素人と同様であるということです(もっとも,弁護士が本格的に勉強をすれば不動産登記法についても,司法書士及び土地家屋調査士と同様の知識を得ることができますが,司法試験合格後にこのような努力をする弁護士は通常いません。私は,司法試験合格後に司法書士試験に合格した方を一人しか知りません。ただ,世の中の人々が,勝手に,弁護士は何でも知っていると誤解しているだけのことです)。私は,以前,ある官公署が当事者となる土地に関する争いについての弁護士作成の『登記に関する鑑定書』を見たことがあります(この事件の場合,官公署は司法書士に鑑定書の作成を依頼すべきだったのですが,担当者の認識不足から,これを弁護士に依頼してしまったのです)。その作成費用は30万円だったそうですが,そこに書かれている内容は,『司法書士試験受験の初心者でも書けるようなものであり,こんな鑑定書のために官公署がよくも,市民の税金から30万円も支払ったものだ』と,驚いたことがあります。これも,世の中の人々が弁護士は何でも知っていると誤解していることから生じた珍事だと思います。
つぎに,私がテレビの『法律相談らしき番組(本当に《法律相談》と言えるようなテレビ番組はありません)』を見ていて驚くことがよくありますが,最近のケースを二つ紹介します。
一つ目は,『寄与分に関する事件』でした。この事件は,ある農家の長男Aに嫁いだB子さんの相談でした。長男Aには,C男,D男,E子の3人の兄弟があり,長男A夫婦とうまくいかず,ほとんど行き来もなかったというような状態でした。この状況下で,長男Aが急死して,その後,長男Aの父Xが死亡しました(AB間には子供はいませんでした)。そうしましたら,C・D・EがB子さんに対して,『貴女には,この家の財産(父X名義の財産)について相続権はないので,この家から出て行け』と言われて困っているので,何とかならないのでしょうか,という相談でした。
この相談に対して,回答者である弁護士は,何んと,大要,次のような回答をしました。すなわち,『いや心配することはありませんよ。貴女には民法により寄与分というのが認められますので,その家を出て行く必要はありませんよ』との回答をフリップを用いて15分間くらい説明しました。その回答を聴いていた他のコメンテイター達も全員が,『そうですよね。このような回答がまさに常識・正義にかなっているもので,質問者B子さんは安心して下さい』という賛同の意を表しました。そうしましたら,その回答を聴いたB子さんもその弁護士達に対して,『深々と頭を下げて,これで安心しました。本当にありがとうございました』と言って帰っていきました。
しかしながら,この弁護士の回答は,明らかに間違ったものでした。すなわち,民法904条の2の定める『寄与分』というものは,(昭和55年の立法段階においては,共同相続人の配偶者に寄与分を認めるべきかということにつき争いのあったことですが)あくまでその被相続人X(死者)の共同相続人であることが大前提となって認められるものですが(民法904条の2第1項に寄与分権者は共同相続人と明示されています),長男Aの妻であるB子さんは原則としてAの父Xの共同相続人ではありませんので(例外として,B子さんが長男Aと婚姻した時以後にAの父Xとの間で養子縁組をしているような場合には共同相続人となり寄与分権者となり得ますが,通常は,B子さんがAの父Xの養子となっていることはありませんので,B子さんがAの父Xの共同相続人となることはありません),寄与分権者となり得ないのです。この程度のことは,司法試験受験生はもちろん,司法書士試験受験生,ひいては行政書士試験受験生でも,知っていることです。
それにもかかわらず,この弁護士は『こんなことすら知らずに,しかも,フリップを用い15分間もかけて,このようなとんでもない回答をしてしまった』わけです。この弁護士もテレビでこの解説をするわけですから,弁護士の世界ではそれなりの評価をされているのだと思いますが,このように誤った回答をフリップを用いて15分くらいかけて堂々と解説しているわけです。それでは,この弁護士は何故このような『とんでもない回答』をしてしまったのでしょうか。これは,『寄与分』というものは昭和55年に新しく導入されたものですが,その弁護士は,おそらく昭和55年以前に司法試験に合格したものだと思いますが,その昭和55年以後の法律改正についてはほとんど勉強していないことにより,生じた結果だと思います。この種の質問については,その点について事前に弁護士に連絡されておりますので,テレビ出演のために,その弁護士も寄与分についてはある程度は勉強したことだと思いますが,正確な理解はできなかったようです。私も以前,この種の番組(TBS)に出演した(生放送でした)ことがありますが,このような場合,『番組に出演する前にかなり詳細な打合せをしますので』,弁護士がこのような誤った回答をするということは普通はあり得ないことですので,驚いてしまいました。この時,私は思わずテレビ局に直接電話して,その誤りを指摘しようと思いましたが,『テレビで行っている法律相談の回答など』というものは,程度の差こそあれ,大体このようなものでしたので,馬鹿馬鹿しくなり,電話するのはやめました。
もう一つのケースは,最近のことですが,朝5時30分からやっている『みのもんた朝ズバッ!』の中での出来事でした。すなわち,成年後見に関する種々の問題を有名私立大学の法科大学院の教授である『あるレギュラー女性弁護士』が解説するという場面がありましたが,この女性弁護士も成年後見制度に関する平成11年の改正前に司法試験に合格していた弁護士だと思われますので,成年後見制度について,予め持参していた参考資料を棒読みするような解説しかできませんでした。
そこでは,みのもんたさんが,大要,次のような質問をしました。すなわち,『後見開始の審判は,職権によってなされるのですか』と質問しましたら,その女性弁護士が①『いえ違います。一定の者からの請求によってなされます』と回答しました。そうしましたら,次に,みのもんたさんが『その一定の者とは誰ですかと質問しましたら』,その女性弁護士は②答えに窮してしまい,持参していたいろいろな資料をめくりながら,2分くらいかかってやっと『請求権者は誰か』という記載のある資料を見つけ出したようで,その資料を棒読みする形で回答していました』。その請求権者についての説明を一通り聴いた後,今度は,みのもんたさんが,『それでは身寄りのない人で老人介護施設等に入所している人の場合,誰も後見開始の審判の請求(申立て)はできないのですか』と質問しました。そうしましたら,その女性弁護士は,再び持参してきたを資料めくり,この質問に対する解答が書いてある部分を探していましたが,結局,それが見つからなかったようで,結局③『そのような場合には,その人についての後見開始の審判の請求(申立て)は誰もできません』と回答しました。そこで,みのもんたさんは(おそらく,みのもんたさんはこの場合正しい回答を知っていたものだと思いますが),『それは困りましたね~。何とかならないのでしょうかね』と発言しましたところ,その女性弁護士は④『でも,現行法上は,やむを得ない結論なのです』と回答しました。
しかしながら,この女性弁護士の最後(③と④)の回答は,明らかに間違っています。すなわち,『身寄りのない方について適切な保護の開始が確保されるようにするために,本人の福祉のために特に必要があると認める場合には,《市町村長》もその請求をすることができる』とされているのです(老人福祉法32条等)。おそらく,みのもんたさんは,これを事前に調べており,この特別法の内容を知っていたのではないかと思います。そこで,みのもんたさんとしましては,その女性弁護士に『正しい回答をさせるために,いろいろな質問をしたり,疑問を提起したものだ』と思いますが,結局,その女性弁護士はみのもんたさんのその気配りに気付かず,その番組は,最後の点は『誤答』のまま終わってしまいました。この件がきっかけかどうかわかりませんが,その女性弁護士は当時はこの番組にレギュラーで出演していたのですが,最近は見かけなくなりました。
第三の理由は,この種の事件における建物の滅失登記についての不動産登記法の欠陥(不備)にあると思います。この種の事件の抜本的解決のためには,最終的には,賃借人(本件の場合,被告B)ないしは連帯保証人(本件の場合,被告C)に当該建物を壊させた上で,『建物滅失の登記』をさせる必要があるわけですが,現行不動産登記法によると,この種の事件の場合において,訴えを提起することによって,そして,判決によって,賃借人(本件の場合,被告B)ないしは連帯保証人(本件の場合,被告C)に命ずることができない仕組みになっているのです。
まず,不動産登記法63条1項の定める『判決による登記』は,登記の申請を共同してしなければならない者の一方(登記義務者)に登記手続をすべきことを命ずる確定判決に基づき,本来は当該申請を共同してしなければならない者(登記権利者)が単独で申請することができる方法であります。ところが,この種の事件における『建物の滅失登記』は,当該建物の表題部所有者又は所有権の登記名義人(本件の場合,被告Cです)による『単独申請』であります。したがって,判決による登記という方法によって『建物の滅失登記』をすることはできないことになります。
つぎに,この種の事件の場合,『代位登記』という方法で,『建物の滅失登記』をすることができないか,が問題となります。代位登記とは,債権者が自己の債権を保全するため,その債務者に属する登記申請権を代位行使し,債務者のため登記を申請することをいいます(民法423条1項本文)。つまり,代位登記の『代位』とは,債務者が登記所に対して有する登記申請権を債権者が代わりに行使することをいいます。ただ,債権者代位による登記の場合も,債権者の保全債権の存在を必要としますが,この種の事件の場合,債権者の保全債権の存在があるといえるのか疑わしく,おそらく,このような債権者の保全債権の存在は否定されることになると思います。したがって,この種の事件の場合,『代位登記』という方法で『建物の滅失登記』をすることもできないことになります。
さらに,不動産登記法上,『表示登記という観点からの特別の規定』もありませんので,裁判所を利用する方法での『建物の滅失登記』をすることもできません。
これらの観点からすると,債務者(本件の場合,被告C)に対して,裁判所を利用してこの『建物の滅失登記』をさせるということはできず,また,代位登記,抹消登記制度等を利用しても,建物の所有者の意思を無視して,原告Aが『被告Cの建物の滅失登記』をすることはできないことになります。
しかし,これは,この種の事件の場合,明らかに,不動産登記法上の欠陥であると思われます。
この問題に関しては,不動産登記法の研究者達といろいろと話し合ったのですが,結局,現行不動産登記法上,上述のような内容となっているのは,不動産登記法の立法担当者は,『建物の滅失登記』は『職権によってもできる』のであるから,原告A(債権者)が裁判所を利用することによって,建物所有者である賃借人(本件の場合,被告B)ないし連帯保証人(本件の場合,被告C)の意思に関係なく,あるいは彼らの意思に反してまで,『建物の滅失登記』をする必要はないと考えたので,これを認めていないものだと思われます。
たしかに,このような趣旨で,現行不動産登記法の取扱いとなっているのだろうと思われます。
しかしながら,現実に,この種の事件の当事者となってみるとわかりますが,この種の事件において,登記官に『職権による建物の滅失登記』をしていただくためには,自分で『建物の滅失登記の申出書』を作成し,それを提出しなければならないわけですが,一般的には,これを自分で作成することはできず,現実問題としては,『土地家屋調査士』に依頼せざるを得なくなり,『それなりの金と時間』がかかることになります。だた,何ら帰責事由のない賃貸人(原告A)が登記官に,この種の事件の場合において,お金をかけて,しかも40日間くらいかけて『職権による建物の滅失登記』をしていただかざるを得ないというのは,現実に,この種の事件を体験してみると,納得のいかない結論でした。
第三款 当該事件における職権による建物の滅失登記について
第一項 被告Cは当該建物の滅失登記の申請をしませんでした
本件における当該建物の滅失登記については,原告Aは,既に平成21年5月6日付の被告Cに対するハガキの中で,被告Cに対して,当該建物の解体後直ちに土地家屋調査士に依頼して,一日も早く,『建物の滅失登記』の申請をして欲しい旨を通知しておりました。しかし,被告Cは,当該建物は自分で解体したものの,いつまでたっても,『当該建物の滅失登記』の申請を土地家屋調査士に依頼することをしませんでした。そこで,原告A側としましては,平成21年5月6日付のハガキにおいても,再度,被告Cに対して,一日も早く,『当該建物の滅失登記』の申請を土地家屋調査士に依頼することを催告しました。そして,その時のハガキの中で,平成21年6月15日までに,金884,570円の支払い及び当該建物について滅失登記をし,その閉鎖事項証明書を原告Aに送付するように催告しておりました。そうしましたら,前述しましたように,被告Cは,当該建物を解体し(平成21年5月15日解体完了),かつ,原告Aの口座に約90万円の振込みをしました(平成21年5月6日付振込み)。しかしながら,原告の数回の催告にもかかわらず,被告Cは,頑として,当該建物の滅失登記の申請を土地家屋調査士に依頼することはしませんでした。
第二項 職権による建物の滅失登記をする必要がありました
既に,私は,原告A名義で,被告Cに対して,『平成21年4月20日付の判決主文1の意味は,被告Cが当該建物の滅失登記の申請をすることまで含まれている』と通告していましたが,実は,本当のことを言いますと,この判決主文1は,そのような意味を有するものではありません。このことは,既に説明しましたように,民事訴訟法及び不動産登記法の欠陥(不備)でありますが,あくまで,現行民事訴訟法及び不動産登記法を前提とする以上,やむを得ない結論でした。しかしながら,このような判決主文1を得ても,この種の事件の抜本的解決にはならないのですが,この点について,弁護士等が執筆している20冊以上の書物の中には,このような判決主文1を得ても,この種の事件の抜本的解決にはならないということについて,何ら疑問も抱かないのかどうかわかりませんが,一言も触れていないのです。だが,この種の事件の当事者になってみれば,とにかく,この種の事件の場合,最終的には,判決によって,当該建物の滅失登記の申請を命ずることまでしないと,『真の解決にはならない』ということに気が付きます。このへんのことが,自らこの種の事件の当事者となったことと,弁護士がその事件の訴訟代理人となったこととの違いであろうと思います。依頼人とその訴訟代理人たる弁護士の人格にもよりますが,他人の訴訟代理人となっただけでは,依頼人が本当に困っていることには気が付かないものです。
そこで,私は,本件においては,もはや,被告Cに対して,当該建物の滅失登記の申請を催告しても,意味がないと判断しました。このようにして,被告Cによる当該建物の滅失登記の申請を期待することはできませんので,私は,今度は,『職権の発動による当該建物の滅失登記』をする必要があると判断しました。
第三項 職権による建物の滅失登記について解説している書物は1冊もありませんでした
ところが,『職権の発動による当該建物の滅失登記』について本格的に解説している書物というものは全く存在しないのです。そこで,私の教え子であり,最も信頼できる司法書士兼土地家屋調査士である松山聡君に,この点につき相談をしました。そうしましたら,彼は,独立開業して約20年経過していますが,『職権の発動による建物の滅失登記』の手続をとったことは一度だけであるということでした。また,他の土地家屋調査士にも相談しましたが,彼の場合,まだ一度も,『職権の発動による建物の滅失登記』の手続をとったことはないということでした。
以上のような実状からも推測できますように,『職権による建物の滅失登記』について,一般的にまとめて書いてある書物というものはこの世に存在しないのです。このような実状にあるのにもかかわらず,私が,原告A(私の兄)と一緒にいきなり登記所に行って事件の内容を説明しても,そう簡単には『職権による建物の滅失登記』をしていただけるとは思われませんでした。これは,『職権による建物の滅失登記』に関する不動産登記法等の規定がまだ完備していず,かつ,理論的にもこの点についての考察が十分なされていないからです。
第四項 『建物の滅失登記に関するお願い』という文書の提出
そこで,私は,次のような方法を採りました。すなわち,宇都宮地方法務局佐野出張所の登記官に対して,原告A名義で,『建物の滅失登記に関するお願い』というタイトルの文書を提出しました。
この文書は,全部で六節に分かれており,第一節 はじめに,第二節 訴え提起及び判決言渡し,第三節 その後の被告の態度と職権による建物の滅失登記の必要性,第四節 職権による『建物の滅失登記』を求める法令上の根拠,第五節 この文書の作成名義人は熊倉勝幸(私の兄)ですが,実際の作成者はその弟である熊倉照男です,第六節 最後に,とするものでした。そして,第五節の中では,『原告Aは熊倉勝幸であり,約40年間公務員であった熊倉勝幸は法律に関しては素人ですが,その弟である熊倉照男は日本刑法学会及び日本私法学会の正会員であり,少しは法律を勉強している者ですので,弟である熊倉照男が,兄である熊倉勝幸になり代り,この願い書を作成しました旨』を書きました。この文書は,一つの論文に近いものですので,宇都宮地方法務局佐野出張所でも,このような文書による『職権による建物の滅失登記』の依頼というのは,はじめての経験だったと思います。そして,封筒の中には,この文書の他に私の名刺を同封しました。
以上のような文書を予め登記所に提出しておいた上で,予告通りの日時(平成21年6月22日午前8時45分)に,私は原告である兄と一緒に宇都宮地方法務局佐野出張所に朝一番で行きました。今年,私達がこの登記所に行くのは,1月5日にも行っていますので,2回目でした。
今回は,いずれにしましても,民事訴訟及び民事執行手続の実務を研究するという目的がありましたので,この事件に関するあらゆる手続を,可能な限り,自ら行ってみようと考えておりました。おそらく,この件について私及び兄のかかる時間(その日は,兄は勤務先を休まざるを得ませんでした)・煩わしさというものを考えた場合には,土地家屋調査士に依頼してしまった方が費用的には安上がりでかつ気楽であると思いました。しかしながら,それでは,私が『職権による建物の滅失登記』について勉強をすることができませんので,とにかく,多少面倒でありましたが,この点についての法的欠陥(不備)を指摘する上においても,私が兄になり代わって,自ら,『職権による建物の滅失登記』手続をとることにしました。
第五項 職権による建物の滅失登記の具体的手続
文書で予告した当日(6月22日)午前8時45分頃,私達が登記所へ行きますと,予め『建物の滅失登記に関するお願い』という文書を提出しておいた効果があり,受付係の所で,私が兄の名前を述べたところ,奥の方にいた担当の方がすぐ現われ,受付係の場所ではなく,奥に招き入れ,担当の方は既に私の作成した文書を読んでいましたので,すぐ,その内容を御理解していただき,その事件の実体について新たに説明する必要は全くありませんでした。その上で,直接,『職権による建物の滅失登記』についての手続につきお教えていただきました。これは,私の教え子である司法書士兼土地家屋調査士である松山聡君からある程度聞いていたことでしたが,いわゆる『建物の滅失登記』の『申請書』を『申出書』に訂正するという形で(『建物の滅失登記の申請書』を一部訂正することによって),その場で,建物滅失の『登記申出書』を作成し,提出しました。
ただ,職権による建物の滅失登記についての申出はほとんどなく,登記所としましても,このような申出があったときどうすべきかについては,本格的なマニュアルらしきものもなさそうでした。そのために,私が作成した『職権による建物の滅失登記に関するお願い』という文書が,ある意味では,裁判所に提出する訴状ないし論文のようなものであり,その文書の中では,証拠を挙げながら説明するという手法を採用し,その証拠として,①訴状,②判決正本を挙げて,これらの写しを添付していましたので(おそらく,通常,職権による建物の滅失登記の申出の場合,これほど厳格な手続はとらないと思いますが),担当官から,証拠として添付した①訴状,②判決正本の原本を確認したいとの申し出がありました。しかし,私としましては,まさか,登記所で,写しではなく,①訴状及び②判決正本の原本の提出を求められるとは思いませんでした。また,個人的にはこのような場合,最終的には登記官等が現場を見て建物の滅失を確認することになるはずでありますから,これらの事実を『証明』する必要はなく,いわゆる『疎明』すれば足りると考えていました。また,『職権による建物の滅失登記に関するお願い』という文書の作成名義人は熊倉勝幸ですが,この文書の作成者はその弟である熊倉照男でしたので,登記所に提出した『職権による建物の滅失登記に関するお願い』という文書に,『両者が署名し,それぞれ別の印鑑を押捺して下さい』という指導がありました。このような担当官の申出も原告Aにとってはかなり厳しいことを要求するものだと思いました。私は,この事件に関連して裁判所へ行く時は,念のために,印鑑を2種類持参していたのですが,まさか,登記所で二箇所に別々に押印しなければならないことがあるとは思いませんでしたので,このときは,1個の印鑑しか準備していませんでした。
しかしながら,担当官から,これらの手続を要求された以上,これに私が反論すればこの登記手続が間違いなく遅れることになりますので,事実上は,それに逆らうわけにもいかず,その担当官の言われるままにその手続をとることにしました。
そこで,私達は,直ちに自宅に戻り,①訴状及び②判決正本の原本ともう一つの印鑑を用意し,再び登記所に行きました(往復で25分間くらいかかりました)。そして,その時,私は,裁判所の場合と同様に,担当官が『①訴状と②判決正本の原本』と『原告が先の文書に添付した①訴状と②判決正本の写し』をその場で照合するだけであると考えていましたところ,その担当官が,『この原本をお預かりしてよろしいでしょうか』と言いましたので,再び驚きました。しかし,この時点では,本件についてはもはや強制執行する必要は全くなくなっており,判決正本の原本を必要とすることはなくなっていましたので,その申出に応じ,『この原本』を預けました。このようにして,担当官の言うがままに必要書類等を準備したところ,その後,登記所側が『職権による建物の滅失登記』の手続を順次とってくれることになりました。
その担当官によると,まず,登記所から被告Cに対して『建物を取り壊したら,建物の表題部所有者又は所有権の登記名義人は,当該建物の滅失登記をする義務がありますので,当該建物の滅失登記をして下さい』という趣旨のハガキを出すということでした。この時点では,私は,このハガキで,被告Cに対して,『いついつまでに当該建物の滅失登記の申請をして下さい』という趣旨の催告をするものだと考えていましたが,後日,担当官から伺ったところによると,このハガキでは,『いついつまでに当該建物の滅失登記の申請をして下さい』という催告はせず,単に『当該建物の滅失登記の申請をして下さい』という催告をするだけだということでした。
この担当官の最初の話しによると,『原則として,2~3週間,例外としては,1ヶ月間くらいかかることがあります』ということでした。
この登記所から被告Cへの催告はハガキで行われたわけですから,封筒による手紙と異なり,受取拒否もできませんので,被告Cは必ず『このハガキの内容』を見ているわけです。建物の滅失登記についての二回にわたる原告Aからの催告状及び登記所からの催告状があったのにもかかわらず,被告Cはいつになっても,『当該建物の滅失登記の申請』をしませんでした。原告Aとしましても,いつ,登記所から『被告による当該建物の滅失登記の申請』がなされましたという連絡があるのかなと心待ちにしていました。ところが,3週間経過しても,登記所から原告Aに対して何の連絡もありませんでした。そうこうしているうちに,『当該建物の滅失登記の申出』をした日(6月22日)から,40日間経過していました。そこで,私が,平成21年8月4日に,直接,登記所へ電話して,『私の兄の件についての職権による建物の滅失登記の件』はどうなっていますか,と問い合わせますと,電話に出た方が『その担当官は今日は休みですが調べてみます』ということで,別の担当官が調べてくれた結果,その『職権による建物の滅失登記』を既に済んでいる旨の報告がありました。しかも,まさに最近である『平成21年7月31日付』で『当該建物の滅失登記』がなされているということでした。私としましては,それならば,『その旨の連絡をしてくれるはずだった』のにどうしたのだろうかと思っておりました。そこで,登記所への電話をした後(兄が帰宅した後,夜7時頃),実家(兄の家)に電話して,心配していた兄達に対して,既に『当該建物についての職権による建物滅失の登記』は済んでいるということを告げたところ,兄から,実は,8月3日付で,担当官から,『当該建物についての滅失登記が完了したので,申出書に押捺した印鑑と同じものを持って当庁まで来庁して下さい』という趣旨のファクシミリが届いていたという報告を受けました。
そこで,私が原告である兄と一緒に,平成21年8月14日に,その印鑑を持って登記所に行き,担当官から,先日預けた①訴状及び②判決正本の原本を返還していただき,当該建物の登記簿の『閉鎖事項証明書』を発行していただくために,その場で直ちに,この閉鎖(登記記録に係る登記)事項証明の申請書を作成して,それを登記所に提出し,この『閉鎖事項証明書』を発行していただきました。この段階で私が気になったことは,今回の手続のように職権による建物の滅失登記が終了するまでの間,①訴状,②判決正本を登記所に預けなければならないとすると,その間は,強制(動産)執行手続をとることもできなくなり,実際上困ることもあることになるということでした。ただし,本件の場合,その不都合はありませんでした。
この時,私は担当官に対して,この件について勉強していますので,被告Cに対し発したハガキのサンプルのようなものがあれば見せていただきたい旨のお願いをしましたところ,この手続は『申請による登記手続』ではありませんので,この場合におけるいわゆる『書式』というものはなく,『登記に関する慣例』に基づいて行っているということでした。担当官からは,以上のように言われましたが,後日,研究しましたところ,この点に関しては,不動産登記準則第63条に明文規定があり,別記第59号の催告書によりするものとされています。その催告書の内容は,大要次のとおりです。
そして,このハガキで被告Cに対して,『当該建物の滅失登記の申請』をすることを催告しますが,『いつまでに登記申請して下さい』との文言は書かずに,ただ,当該建物を壊した場合には,建物の所有者だった被告Cは,表示登記として,当該建物の滅失登記を申請する義務があるという趣旨のことを告知するだけですと言われました。
後は,一定の期間内に当該建物の所有者だった者(被告C)から『建物滅失の登記の申請書』が提出されない以上,原告A(私の兄)名義で提出された文書及び建物の解体状況を順次撮影した証拠写真からするならば,当然に,『職権による建物の滅失登記』ができるケースでありましたので,登記所側で,担当官達が現場を確認して,間違いなく,当該建物は滅失しているということで,『職権による当該建物の滅失登記』が行われたものです。
この種の事件では,当該建物についての『滅失登記』をしてはじめて本格的に解決したことになるのです。しかしながら,この点について書いてある書物は一冊もなかったのです。それどころか,この種の事件の場合,『建物の滅失登記』の問題があるということについて記述している書物すら一冊もないのです。
このようにして,本件についての判決言渡期日(平成21年4月20日)から約4ヶ月間(訴え提起日である平成21年2月17日から約6ヶ月間)かかって,やっとこの事件についての抜本的解決をすることができました。これは,この種の事件の本格的解決という面からみますと,まさに『スピード解決』といえるもので,私が予想した紛争の抜本的解決に必要とする期間(判決手続だけでも1年間はかかると考えていました)と比較すると,きわめて早い解決といえるものでした。
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